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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)4317号 判決

原告 韓正子

右訴訟代理人弁護士 坂晉

同 星徳行

被告 三利建設株式会社

右代表者代表取締役 斉藤一

右訴訟代理人弁護士 倉田靖平

同 小森泰次郎

同 笠原克美

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、金一四六万四一〇〇円及びこれに対する昭和四八年六月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は仮りに執行することができる。

二  被告

原告の請求を棄却する。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)はもと訴外朴貞子の所有であった。

2(一)  原告は、訴外朴に対し、昭和四二年五月一七日金二八五万円を、弁済期昭和四三年三月一六日、利息年一割五分の約定で貸し付け、同訴外人から、その担保として本件建物の譲渡を受け、昭和四四年一二月六日譲渡担保を登記原因として所有権移転登記を受けた。

(二) しかし訴外朴が右債務の弁済をしなかったので、昭和四五年三月一日頃原告は、本件建物を他に賃貸しその賃料を訴外朴に対する債権の弁済に充てるため、同訴外人から本件建物の引渡を受けた。

そして昭和四七年五月二八日原告は訴外株式会社グランド東京(以下「訴外グランド東京」という。)に対し、同訴外会社の社員寮として使用するとの目的のもとに本件建物を賃貸した。

(三) ところが、本件建物は朽廃が甚だしく、使用を継続することが危険であったので、原告は訴外グランド東京と合意のうえ、原告の費用負担のもとに、訴外グランド東京が本件建物の補修をすることとし、昭和四七年七月一〇日訴外有限会社富所工務店(以下「訴外富所工務店」という。)に委託して、壁、建具及び畳を取替え、腐朽して危険な状態にあった廊下を取り毀わして鉄板を敷きコンクリートを打つ等の工事をさせ(以下「本件工事」という。)、右工事は昭和四七年一一月二二日完成した。

原告は、同年一一月三〇日訴外グランド東京を介して訴外富所工務店に対し工事代金として金一四六万四一〇〇円を支払った。

3(一)  ところが、本件建物は、訴外朴が設定した抵当権の実行手続である東京地方裁判所昭和四四年(ケ)第八八八号事件において競売に付され、被告が昭和四七年六月九日本件建物の競落許可決定を受け、同年一一月二日競落代金を納付して右建物の所有権を取得した。

(二) 被告は、本件建物の所有権に基づき、昭和四七年一一月中旬すぎ頃当時本件建物を占有していた原告からその占有を回復した。

4(一)  本件工事は、本件建物の現状を維持し、その滅失毀損を防止するために不可欠な工事であったから、右工事のために原告が支出した本件費用は、必要費に該当するものというべく、したがって、被告は民法一九六条一項本文により原告に対し本件費用の償還義務を負うものというべきである。

(二) 仮りに、本件費用が必要費に該当しないとしても、本件工事により本件建物の価格は右費用相当額増加し、被告が本件建物の占有を回復した当時右費用相当額の増加利益が現存していたから、被告は民法一九六条二項本文により原告に対し本件費用の償還義務を負うものというべきである。

5  よって、原告は被告に対し、金一四六万四一〇〇円及びこれに対し本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四八年六月一五日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1の事実は不知。

同2(一)の事実のうち、原告が本件建物につき昭和四四年一二月六日譲渡担保を登記原因として所有権移転登記を受けたことは認めるが、その余の事実及び同(二)、(三)の事実はいずれも不知。同3(一)の事実は認める。同3(二)の事実は否認する。同4の主張は争う。

2(一)  被告は、昭和四七年一一月一〇日東京地方裁判所から、執行官に対し、訴外朴の本件建物に対する訴外朴の占有を解いて被告に引渡すべきことを命じた不動産引渡命令を得て、その執行により本件建物の引渡を受けたものであるが、原告は、被告が本件建物の右引渡を受けた当時、既に本件建物の占有を喪失していたものである。

したがって、原告は民法一九六条にいう占有者に該当せず、また被告は同条にいう回復者に当らないから、被告は原告に対し、同条に基づき本件費用の償還義務を負うものではない。

(二) 仮りに、原告主張事実が認められるとしても、原告が本件工事をした当時における本件建物の所有者は原告であり、したがって原告は自己所有の建物を自己の費用で補修したものというべきであるから、本件工事による本件建物の価値の維持又は増殖による利益を被告が取得したものとはいえない。

三  抗弁

1  被告が本件建物を競落した本件競売手続は、昭和三五年一一月一七日に競売申立記入のあった東京地方裁判所昭和三五年(ケ)第一二八七号競売事件に添付された同庁昭和四四年(ケ)第八八八号競売事件であり、同事件は、昭和三五年八月六日訴外朴から本件建物につき抵当権設定を受け、同月八日その登記を受けた訴外株式会社津の国屋の承継人である訴外金周億の申立にかかるものである。そして、原告が本件建物につき譲渡担保を登記原因として所有権取得登記を経由したのは、右競売申立記入登記後の昭和四四年一二月六日である。

2  右事実関係のもとにおいては、原告の本件建物の所有権取得は被告に対抗しえず、被告との関係においては、原告が本件工事をした当時における本件建物の所有権者は訴外朴であり、右工事により利得したのも同訴外人であるから、被告は原告に対し、何らの利得償還義務を負うものではない。

3  任意競売の申立記入登記は、差押の効力を有するから、本件任意競売申立記入登記後の原告の本件建物に対する所有権、占有権等の取得はもとより、原告が右所有権又は占有権に基づくものとしてした本件建物に対する補修等の工事は、被告に対抗しうるものではないから、原告は、その費用を被告に対し請求しえないものというべきである。

4  競売の目的物件に対し競売手続中に生じた必要費又は有益費の償還請求権の行使は、その競売手続においてのみなしうるものと解すべきであり、競落人が競落により所有権移転登記を受けたのちは、競落人に対してはこれを行使しえないものというべきである。仮りに、これが許されるとするときは、競落人は競落代金のほかに予期しえない出費を余儀なくされることとなり、競売申立記入登記は無意味となり、競売秩序はその根底から破壊されることになる。したがって、原告主張の本件出費が本件建物に対する必要費又は有益費であったとしても、原告はこれを被告に対して請求しえないものというべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁1の事実は認めるが、同2ないし4の主張は争う。

五  再抗弁

仮りに訴外朴が本来的に本件工事の費用償還義務を負担すべき者であったとしても、被告は昭和四七年六月九日の競落期日において本件建物の競落許可決定を受けたものであり、原告が本件工事をし、その費用を支出したのはその後であり、したがって、本件競売手続における競売価額及び競落代金額に本件工事による本件建物の価値維持及び増加の利益は反映されておらず、被告が本件建物の競落によってこれを取得したものであるから、本件工事に要した費用の償還義務も被告が訴外朴から承継したものというべきである。

六  再抗弁に対する認否

被告が昭和四七年六月九日の競落期日において本件建物の競落許可決定を受けたことは認めるが、その余の原告の主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一1  本件建物は、昭和三五年一一月一七日に東京地方裁判所昭和三五年(ケ)第一二八七号競売事件によって競売申立記入登記されたのち同事件に添付された同庁昭和四四年(ケ)第八八八号競売事件において競売に付されたものであること(以下「本件競売手続」という。)、同事件は、昭和三五年八月六日訴外朴から本件建物につき抵当権設定を受け、同月八日その登記を経由した訴外株式会社津の国屋の承継人である訴外金周億の申立にかかるものであること、被告が本件競売手続における競売期日において本件建物を競落し、昭和四七年六月九日競落許可決定を受け、同年一一月二日競落代金を納付して本件建物の所有権を取得したことは、いずれも当事者間に争いがない。

2  原告が本件建物につき昭和四四年一二月六日譲渡担保を登記原因として訴外朴から所有権移転登記を受けたことも当事者間に争いがない。

二1  《証拠省略》によると、請求原因1及び2(一)の事実(ただし、前記のとおり原告が本件建物につき所有権移転登記を受けたことは、当事者間に争いがない。)を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  《証拠省略》によると、請求原因2(二)の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  《証拠省略》を総合すると、原告は、訴外グランド東京と合意のうえ、原告の費用負担のもとに訴外グランド東京の指示により本件建物を改修することにしたこと、訴外グランド東京は、右合意に基づき、昭和四七年七月一〇日頃訴外富所工務店に本件建物の改修を委託し、訴外富所工務店はその後間もなく工事に着手し、同年一〇月末までに委託を受けた工事を完了したこと、原告が右工事代金として金一四六万四一〇〇円を同年一一月三〇日に訴外グランド東京を介して訴外富所工務店に支払ったことの各事実を認めることができる。証人橋本堅の証言中右工事は昭和四七年一一月頃までかかったという部分は、《証拠省略》と対比して措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

4  右認定の事実及び前記当事者間に争いのない事実によれば、原告が訴外グランド東京を介してした本件建物に対する工事は、被告が本件建物の所有権を取得するより前に完成していたものである。

三  そこで、右工事に要した費用が民法一九六条にいう必要費又は有益費に当るかどうかの点はさておき、被告は、本件建物を原告から返還を受けたのかどうか、換言すれば、原告は、被告が本件建物の返還を受けた当時、右建物を占有していたかどうかについて判断することとする。

《証拠省略》を総合すると、被告は、本件建物を競落したのち昭和四七年一一月一〇日東京地方裁判所から、訴外朴の占有を解いて被告に引き渡すべきことを執行官に命じた不動産引渡命令を得て、執行官にその執行の申立をしたこと、同年一二月二〇日執行官がその執行をすべく本件建物に臨んだところ、本件建物は訴外朴の子である訴外金総宰が管理し、右建物の二〇室中一二室は空室であったが、その余の部屋は訴外朴の子やその友人である訴外岩佐一敏が居住していたため、執行しなかったこと、執行官が昭和四八年二月三日再び右不動産引渡命令を執行すべく本件建物に臨んだが、その時における本件建物の占有状況は昭和四七年一二月二〇日当時におけるそれと変りなく、執行官は、前記空室を訴外朴の占有と認めたうえその占有を解き被告に引き渡したこと、被告は、昭和四八年四月二日東京地方裁判所から執行官に対し本件建物に居住する訴外金総宰ら訴外朴の子らやその友人である訴外岩佐一敏の占有を解いて被告に引き渡すべきことを命じた不動産引渡命令を得たこと、その後被告は右占有者らから本件建物の占有を取得したこと、原告が訴外グランド東京を介してした本件建物に対する前記工事の完成直前に訴外朴の妨害があったため、訴外グランド東京は本件建物に入居することができなかったこと、以上の事実を認めることができる。右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、原告は、昭和四七年一〇月末頃本件建物に対する所持、したがってその占有を喪失し、訴外朴がこれを取得したものであり、被告は原告から直接本件建物の占有の回復を得たものではないことが明らかである。

したがって、原告は民法一九六条にいう占有者に該当せず、また、被告は同条にいう回復者に該当しないから、原告が本件建物に対してした前記工事のために要した費用が同条にいう必要費又は有益費に該当するとしても、原告は同条に基づき被告に対し右費用の償還請求権を有するものではない。

四  なお、既に認定したように、原告がした本件建物に対する工事は、昭和四七年七月一〇日頃開始され同年一〇月末頃までには完成していたものであり、その前に被告が本件建物の競落許可決定を受けたものであるから、右工事により本件建物の価値が維持され又は増殖されたとしても、これが本件建物の最低競売価額及び競落代金額に反映されていないことは明らかであり、右の事実から被告に利得が帰したかのように考えられないではないが、右の事実は、被告が右工事の完成当時における実質上の所有者であった訴外朴に対し、右工事に要した費用につき償還義務又は不当利得返還義務を負う理由となりえても、被告が原告に対し、直接に、右工事に要した費用につき、民法一九六条による償還義務又は同法七〇三条による不当利得返還義務を負う理由となるものではない。

五  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当として棄却を免れない。

よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田保幸)

〈以下省略〉

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